melophobian

安川奈緒の現代詩手帖掲載詩などを写経のように書き写す。

「あなたは夏 わたしは赤面の貧しさ」安川奈緒

明日もあさってもそうめんしか食えない

部屋に一人でいることを認めるのは

(金がないことを認めるのは)

勇気がいるから

記憶の寺、遊園地、学校、交通をたどり

そこにはあなた やさしい男

金があればあなたが買える

 

賽銭を遠くからブチ込んだあなた

女とアイスを分け合ったあなた

戦後政治思想4に出席しているあなた

電車の窓を開けてまわるあなた

痴漢のあなた

電車の窓を閉めてまわるあなた

天神橋筋六丁目で降りるあなた

(特にあなた)

 

昨日はわたしの前に座ったあなた

電話をいじり

髪を整え

性的には熟していることを見せつけたあなた

貧乏と熱愛中の

この部屋へ遊びに来て

 

すべてのやさしい男が

わたしの乳房のためだけに

移動し

電話し

走り抜けるならば

すごくうれしい

手を振ってやる

 

すべてのやさしい男たち

わたしの性器はもはやゆるい

「03.9.12 Friday Sunny Personal」安川奈緒

ここは都会で近所のおばあさんが

おにぎりを道に叩きつけて怒っていた

このあたりで犬の鳴き声は人間の声とよく似ていて間違う

田舎でのびのびと育ったつもりはないけれど

田舎で陰険に育ったつもりはないけれど

 

他人を逆さまにして

 

69.6.21 satur rainy―――

「脱落セクト」は詩を転向の証とはしない!

 

と古本で買った「吉本隆明詩集」の最後のページにメモしてあったがこの文章の意味はまったくわからない

まだ詩集を古本に出す年齢ではない

 

他人を逆さまにして

その人の軽業を見たい

 

爪が自然にはがれるので

なにかの病気の前兆だと思って

調べて

なんの病気でもないとわかった

献血はぜったいにしない

 

他人を逆さまにして

その人の軽業を見たい

身体が沈むほどやわらかい椅子から

余裕の一服とともに

 

なにかいやなことを思い出すと

「うぎゃ」とか

「おわっ」などと口にする癖がある

むかし服がダサいといわれた

このまえ口が臭いといわれた

(だから他人はこわい)

友達が少なすぎる

よだれが匂う自分の枕が大好きだ

金曜の晴れで個人的なことは

すくいようもないが

他人を逆さまにして

その人の軽業を見たい

やわらかな椅子でもう寝てしまいたいが

もし軽業でしか切り抜けられないほどの

いやなことがあったら

椅子から立ち上がり

脚を振り上げ

腕をねじり

田舎の甘いかつての自分の部屋から

どたどたと走り去ったときからおそらく

覚悟して準備した心づくしの軽業を

「助けに来るな

    この不幸はわたしのもの」

 

誰にも会わない一日で

のんびり自転車をこいでいる事実と

想像の落差に驚いて派手に転倒した

そのとき身体は椅子から浮かび

脚が振り上がった

腕がねじれた

誰かが近づいてきた

「週末のおでかけ/yourface」安川奈緒

他人の住所を

まずいところに書き込んだ

そのあと走って

映画館に駆け込み

すばやく感想を言えた

「いい映画だった

     すみずみまで希望がなくて」

お前の顔は裏返ってる

雨かと思った

 

ももいろの服を着た男の人たち

女の人みたいに

胸をふくらませて

サイコウだ

「ぼくらはまっすぐ家に帰ります」

 

おまえの肌はほんとひどいな

さんざんな生活があらわれている

そのせいで

こっちは夢をみてしまう

おまえの腕がもげること

おまえの家族がだめになること

そのあいだにもロックスターが

布団をとびだし

電車に乗って

ウェントアウト フォアザウイークエンド

 

どうやって耐えるのか

びんかんな右の耳に

「あそびにいこうよ」

穴のあいた左の耳に

「しんでほしいよ」

棒をふりまわし怒る機会もあるだろう

でもここは電車だから

かなり大声でひとりごとを言った

(ばーか ばーか)

そのあと

にやりとしてしまった

(プールでの出来事を思い出したんだ)

あやしいか

もう取り返しがつかないか

隣の車両へ逃げればいいか

でも 隣の車両は

 

全員で狂っている

陳腐はさけられない

おまえの顔はほんとにキレイだ

雨かと思った

「マッケンジー、ピンク」安川奈緒

集中力がとだえてあなたが見知らぬ人に

なることを もしくはあなたが見知らぬ

人になるまえに集中力がとだえることを

どのように書けばいいのか

 

グリーンのマッケンジー

マッケンジー、グリーン

 

これまでに何度「火事だと叫んだ」とい

う言葉が書かれたのか 顔が定着してし

まった 走る車に耳を押しつける しか

し べつにしにたくはないなとわかった

ときから心中がひかりかがやいて

 

「ほんとうにこわい ほんとう」

 

清潔さを誇りにおもって だれにもよび

とめられず不潔なまま それでも 昨日

はずっと音楽を聴いていた どこにも行

かずに ずっと ひとりで 音楽だけを

などといわないほうがいい

 

「ところが夏は待ちどおしい いつも」

 

他人のしぐさを盗み見ることは 犯罪だ

から でも あなたの車の乗りかたは

間違いだった あなたは「いいえ」と言

ったが それは時機をはずしていたので

救急車をよんでしまった どうする そ

れらふたつの間違いを

 

「区別ができない 区別ができない」

 

金はある この手のなかに ただ ねがう

のはこの手が どこかで 知らない都市で

わたしからはなれて 暮らしていることそ

して まだ見ていない映画はあなたの 身

体のなかにある

 

「看板を立てて あなたの値段をつけて」

 

表現の正確さに 若さが 根絶やしにされ

てしまう いまは あなたの 髪と住所と

名前を 混同することに すべてを賭けて

しかし 負けるために わたしとあなたは

ここで うわさになる それでも スピー

ドウェイをかきわけ マッケンジーを マ

ッケンジーとは何か マッケンジーは わ

たしとあなたを むすびつける たがいに

見知らぬまま わたしはマッケンジーを知

らない あなたはマッケンジーを知らない

あなたはわたしを知らない わたしはあな

たを知らない しかし べつに見知らぬま

までも心中はひかりかがやいて

「戦時下の生活」安川奈緒

戦時下の生活 あそびにいくといって倒れて

戦時下の生活 ひざがずるむけ

ジュースを飲んで 苦しまないようにする

いま複雑なしくみが動いたのが決定的

な打撃となって

荒れはてた

 

いかにもあいつのやりそうなことだよ

戦時下の生活 望みどおりの暮らし

音楽

避けられない憔悴と回復

わたしたちに共通の わたしたちのいない

風景

 

甘いパンの受けわたし 思い出の写真の

切り売り あなたの腰をわたしの首に

ぶらさげてください 緊張して

期待に震えて 生きられるように

 

戦時下の生活 激しい口論

あいつの心などしらないよ 声も

あいつの親戚などしらないよ

そのとき 上からいままで見たこともない

ものが覆いかぶさってきた

 

わたしの片目と あなたの片目が

むすびあわず 横にならんで

くすくす笑って

見つめるのは

わたしたちに共通の わたしたちのいない

風景

 

あいつは大きくて小さくて

下卑ているのに高貴で

辛いものと甘いものを食べて

アパートでテレビをみている

そしていま危機だといっている

 

戦時下の生活 あそびにいくといって

わたしとあなたは

ほほのキズのすべてを引きずり

あいつのアパートにいて

読むのは

「男の子と女の子のからだのフシギ!」

ピンポイントで

すごいやらしい!

外の天気は

とうてい口に出すことのできない危機的状況

「ボンボン ボンボン スイート」安川奈緒

くるしいのに飴玉だけはあるんだ

どうしても これほどまでに こ

ころがはなれたことは ないから

ようやく それは遅すぎもしたし

ときに 早すぎもしたが 若者の

夜がきた 「どうか なにもしな

いで いきてゆけますように」

 

やわらかいパンとあまいジャムを

食べて 口を拭った 足から腐っ

ていることは わかっているから

「禁煙したんですよ」と飴玉を見

せて笑った これから葬式にいか

なければならない

 

学校いやですね

 

宇宙にくわしいひとが隣に住む

ちがう生活が 神社やスーパーで

の接触を生む 本をとりだす手も

「もうおしまいだ」 知らないひ

とに飴玉をもらった

 

話題が言葉から舌のことにうつっ

たのがつらい くるしいのに飴玉

だけはあるんだどうしても とい

う学生がいて 好きだった おま

え誰だよ おまえ誰だよ それが

聞きたかった とうとうすべてが

駐車場に見えるときがきた

「連詩 ダーティーエピック・フラグメンツ」安川奈緒

「Inaugural(happy turn)」

 

縊死のパラダイムから見れば、すべては天使か、だが、これが傷跡だと認められてしまえば、まだ回帰の物語が始まってしまうから、それは避けて

 

すべての開始は汚れている、すべての終わりもまた 神話は空間をひきしめず、共同体をひきしめず、神的な暴力のおとずれ、救うものの出現を待望することはできない 救うものの待望は、ニヒリズムの反復にすぎないから 救済の待望は、その肌理のすみずみに、破壊が「もう一度」あることを、「もう一度」によって自己意識と自己意識の粉砕とを味わいつくす予感をはりめぐらせているから このとき、菊に降られたジャン=バチストは「危機あるところ、救うものもまた育つ」と云った者を深く深く刺した

 

その汚れが欲しい、歴史の開始と終わりの汚れが欲しい それはとても汚れているということだけがもう分かってしまう 縊死のパラダイムはすべてを天使にした、すべてを催涙体文体にした このとき海上保安庁は…、このときシマオ・トシオ号は…

 

わたしたちは書き言葉として推移します、わたしたちは疎外のない書き言葉、反省なき手遅れとして推移し、書き終えられた人として、おとろえ、壊れ、彼岸の秩序を解き放つつもりでいます すべてがすでに、あるがままで「異言」であると知った眼は、詩的言語の必然性さえをも認めない、そのような「不当な死者」のカテゴリーをわがものとする眼を掲げて推移します もちろん、わたしたちはアンティゴネーとは似ても似つかぬもの、意志をもたない悪しきもの、なぜなら「髪の毛一本たりとも」数えられたりしない、多数であり、あらゆる摩擦を避けず、生きているとも言わず、生きているとも言わず、書き終えられたものとして、あらゆる場所に間接性の嘆きの形式、残滓をもたらします

 

今日もまた自殺したAV女優の夢を見た、額に汗して、どちらが働き出すか、待っていた生協の車とamazonの車が走り抜ける道(からだ、こわしてる?)、太平洋ベルトに平行する大逆事件ベルトに沿って、流通に拝跪した顔面と、すべての流通が死んでいく腸を抱えて、竜の歯さえ、その歯垢さえもうゆるがせにはできないよ(からだ、こわしてる!) Try Not Toの構文と、I Want You Toの構文のあいだの(てんしとけっこんするのはつらい)未遂性を保持できないか、たった一度しか自殺できないなんてつまらない

 

「そしてそこで死と傷からなおって」しまったから、「抒情する」という自動詞の属性の記述をまた始められる「わたしは」から「きみは」への声の変圧、その起こり終わりをつかんで離さないことをまた始められる 記憶なく無限に繰り返された「そしてそこで死と傷からなおって」の無人性は、「治療」がとても汚れていることを伝える、「治療」地震の鼓動、自分で壊れる担架のhappy turnだ

 

あなたはあなたの立場のなかで持ちこたえてください、わたしは誰かがわたしの立場のなかで持ちこたえます もう一度体を合法へともたらすときの暗さの光のもとで食事をしよう、蠅を招こう、犠牲をつくろう だって、虚構の力点はいつだってこちらがわにあるんだって! 真っ青な猪肉が感じたパニック・イン・シネクドキは偉大と矮小の区別がもうできないんだって! 「世界のなかに世界を挿入する」のは馬を馬跳びで越えることだって! でもそんなことの起こらなさはあらかじめ庇われていた 規模ある怠業の予感に報われることの起こらなささえ、時折(time)、時折(out of)、時折(joint)、庇われていた 流出一号はPlease turn. Happy turnと連絡し続けていた 「流出二号よ、リコシェに感謝する難読の難破、その究極の姿勢から放たれてみろよ、そしてそれを見てみろよ、Please turn. Happy turn.」

 

 

 

「人生の光芒」からの手紙

 

奥歯も、チルほど寒い

このビルももう空きばかりになってしまう、だからね、そうやって肉片と髪を落として

散弾してもいい、

 

こんなところで野菜がとれるとは思わんよ、カラフルが補われるとも思わない

か、悲しい顔をしてみせる、「悲しい」と言ってみさえするのに、何もしない

きみは、店員は客に殺された影なの、だから店員に殺された客の、きみは影なの、

でも、I was falsetさん、眼の中の血走りさんも、

映画を見て、パラリンピックを少し見て、二千年前の「反射角人」は

気候の変動に耐えられず、権力を奪取することを目的としない運動体を

作りました、この一連の過程をのちの歴史は「白兵病」と呼んでいます

Because we separate, picture please

乏しい色の未来が、リアライズされるのは

 

方肺が片方ない人の代わりに、深呼吸をしている

きみの物質と記憶のために、きみのコンタクトレンズを口にいれてもいいかな

蛍光黄色の、ラングとパロールの転型の闇を見すえて、

おお、国際生協よ、フライのパンよ、どのような内省がありうるのか考えている

自分の眼の喪失を見ることができない、の縄をかければ、

チュ(ウ)ニングの調整によって、death by hangingの耳鳴りね

やたらチラつくBildungsromanのずぶぬれの終わりの音なの

 

本当の薪を持ってきて、本当のペンで、本当の朱肉ほしい?

その朱肉はわたしの無です、だからどうか困らないで、って

これも野郎仕事ですって、矯正器具をよく見せて、って、ですって

こんなふうに曲がりたくはなかったと振り返ると、汗が止まらない桁違いの塔が見える

この高さの夜の、春雨ヌード(ル)の擦り寄りの、

あつさ、山羊や羊に関する単語は覚えられたの、さむさ?

9、9、1、1、3、1、9、1、9、痺れあがる、と言われていた

 

(とろ肉で?)先に行け、空間だ、懐かしい読み上げ算の雰囲気に

噎せるさ(こんな字しらないさ)、ポリッシュを見さして、見さして、くれ

きみは、甘味処で、仮定していると、働いているとしよう、このビルはもう

空きばかりになってしまう、その、が、かつて、は、見限りましょう、見限りましょう

多国籍のほうも、恥を感じていないというわけではないのさ

いくつかの写真では、ピースしてしまったさ

劣悪な環境と名指されたきみの設定を、

設定への愛にもとづいて、変更してあげようと

思った、ひとりにひとつ、ひとりにひとつの(記述の)束を裂いて

 

多国籍は恥ずかしげもなくピースしてしまったさ、伏せられた企業名の、前でさ

首元までセキュリティチェックの人が、いかにも食ってきた顔で、

いろいろ言ってくるから、もう正気じゃないふりした、昨日の仮面も、今日の仮面も

とてもしっとりしていて、パライソって書いてあって、

死んでいく人間の間接話法の痛ましさについて、死ぬ前に心電図を壊して

よくわからないようにしておくことについて、指示もあって

苦情ある物質、その餅を挟み込むような驚きに、下絵はもう、整えられていたから

 

わたし(1)は一九八九年から、わたしは、一九九六年から、いいことなんて何もなかっ、

きみは、あー、その決して画素の細かくない抒情が、これから、あー、

お礼参りに来るようだ、雷雨の色を縫った、ホワイトバランスの鳩を

舞いあげ、舞いおろし、あー、これは日本語の練習のような質問です

交代制だということは、ですか

講談、社文、芸文、庫に書いてあった、人、生の光、芒にいますか、

カールツァイスは生涯の耳栓だから、う、うれしくないよ、だってどう画、だよ

(泣きたくなるような検索をしていたことを、泣いたことのかわりにしていい?)

(このビルももう空きばかりになってしまう、だからね)

鋤をくわえさせられた悪性の陽光のもとで、その時

わたしは「殺されたい」と言うだろうか、「殺されたくない」と言うだろうか

深く動揺を思って、人がいなくなり、小皿が吹き荒れたところ

だからね、シビック、肉の部分をこっちにパス、笑って取り次いであげる

 

 

 

 

「馬の群れの遺影が」

 

きたない

こと

いっぱい

 

これ

いじょう

きたない

こと

ない

です

 

幼児の

ことば

しか

むり

あー、あー

中将姫の

お寺

参り

あー、あー

もう

いない

人へ

あー、あー

よごれた

からだ

裁かれる

倒れる

おもしろいな

よごれてるな

あー、あー

 

こっちによるな

きたない

 

明るい

木のような

ほんとうに

きれいな

渡す

ように

「幸」の

文字

 

(お墓を掃除するからだのきれいだったこと)

(歩くときの少し延ばされた掌の)

 

私たちの

子どもは

待機

していた

灰に

なるまで

ほんとうに

待ち

くたびれて、

待ち

くたびれて、

待ち

くたびれて、

待ち

くたびれて

「You are not a patient, still ill」安川奈緒

パリは寒いでしょう

パリは寒いでしょう

そんなことしらないよ

ここは地方の盆地の病院です

患者にしてくださいよ

 

きのう間違い電話で

「あの、牛乳を百本おねがいします」

というのがありました

近所のおじさんが

「わたしのコレ(小指を立てて)がね」

と言うのがおもしろかったです

ところでわたしは患者でしょうか

そうでなければ恥ずかしすぎる

偽患者のようにここにくるのは

 

何度も面談を受けていると

先生のことがすきになるのです

とにかく

「完全に治った 完全に治った」

と布団で身を震わせたこともありました

学校にやばいひとがいました

ある箇所をあるしかたで触らないと

気がすまないらしいのです

そのひとの周囲の木は葉がよく茂って

夏がくるようでした

 

作者が作品のなかで「わたしは狂人だ」と

言い放っているのはいいですね

こちらといえばトイレのしかたも

廊下の歩き方も健康そのもの

でも病院のこともすきになっちゃったのです

最寄りの駅まで歩いて 電車に乗って

家族は「いってらっしゃい」

これでは患者のわけないですね

半笑いで卑屈に

「いやぁ、ちょっとしんどくてねぇ はは」

 

待合室の人たちも患者かどうかわからないけれどもそれは待合室の外にでても同じことではないか たとえば電車のなかでも乗客の顔にかかる影がときどきあやうくなる わたしは待合室で学生らしい人と話した テレビでサンフランシスコは暑くなるでしょう と伝えていた 自分が患者かどうかもわからないのでなんだか恥ずかしいです ということを話して とりあえず診察が終わったら

 

「ちょっと遠くへ出て

       食事しましょう」

 

食事をしましょうということになった

「テレビ 昆虫 就業」安川奈緒

とうとう部屋で昆虫が発見された

自分にがっくり

 

夜の穏やかなクイズ番組を見る

一緒に考えて 問題を解いてみる

なかなか難しい おもしろかった

 

テレビしか観ていないので昆虫が気に

ならない 殺そうとも決して思わない

 

夜の料理番組で「いろいろなおにぎり」

というのを見る いろいろなおにぎりが

あった おもしろかった

 

昆虫がふえてもいいです 湿気が増してもべつにいいです

 

夜の番組に女の人が

たくさん出てきた おもしろかった

 

昆虫について 黒くて足が六本 しっかりしたつくりをしている

 

夜の映画を見る サスペンスなので

はらはらした おもしろかった

 

昆虫とテレビについて テレビの上を

昆虫が横切った そのときはたんぽぽ

の花の数 綿毛の生成 根のつくり

に関する番組のあと 星の番組 その

あとモンゴルの遊牧民の番組 スイスの

路面電車の番組 放送終了 放送開始

夜明けのニュース 朝のニュース

 

昆虫はテレビの後ろ側にまわった

やはり朝になると昆虫を殺さないわけに

いかないことははっきりしている

 

「あな あなた にも あなた にも

 旅行が りょこう 旅行ができ でき

 あなた 旅行 できます あなたにも

 旅行が できます でき 旅行 でき」

 

しかし別の可能性もある

それどころかあらゆる可能性が

 

よくわからない幹線道路沿いの

食堂で毎日働き 常連客に

「あんた よく来るわね」

次はプールの監視員になって子供に

「ほらほら 休憩中」

冬のあいだはスキー場の売店で

嘘みたいなうどんを出すことに

なるだろう そのあとは図書館に

務め本の整頓をする また看護婦

として働くこともあるだろう

屋台を引いていることがあるだろう

農業をして漁業をするだろう

会社員をするだろう

 

昆虫がテレビの内部に入り込んで

すごいことになって テレビが

爆発して昆虫と死ぬ

というのも

あるにはある

「病気でも男でもない すこやかな女」安川奈緒

喫茶店でのことだが コーヒーカップと二枚の皿がある完璧な調和のもとに並んだ これはうれしいぞ捜しものが見つかる前兆だぞと考えた

 

隣のテーブルの男二人が力強く食べる こちらも負けないくらい力強く食べる おとこのひとはうらやましいな 嘔気も下痢もむこうからやってくるんでしょう おんなのひとはじぶんでいろいろがんばらないといけない

 

窓から道路が見下ろせるのだが 男が一人信号を待っている 青になる 渡らないで反対方向へ駆け出してしまった これはどうしたことか しかもそのあとすぐに救急車が車道を駆け抜けたのだからあやしい

 

隣のテーブルで学術書とノートが広げられた腎臓の断面図と尿の生成について こちらも負けじと コーヒーカップと二枚の皿を動かし より完璧な調和をめざす

 

昨日は部屋に男を捜しました 家には部屋が数え切れないほどあるのですが ある一部屋だけをくまなく捜しました その部屋にいるはずなのですが いませんでした

 

ああ やめておけばよかった コーヒーカップと二枚の皿の配置がだんだんおかしくなって おとこのひとはうらやましいな なにもしなくても病気だから おんなのひとの健康ぶりといったらひどいものです

 

 部屋で着替えるとき

 腋の下で子蠅が死んでいるのをみつけた

 今日は男になれるかもしれないな

 そいつは吐くかな 吐くだろうな

「ばっちい夫婦 さらしもの」安川奈緒

ほんとうにこわかったことなど

ほんとうにこわかったことなど

ないのだからあなたとわたしは

手をとり複雑な暮らし

あなたの思い出は電車のことに

限られているのだからわたしは

都会のことをよく知っています

 

あなたのかつての同級生と腕を

からめたこともあるわたしは

食事の準備をします

あなたのからだは他人の声をあ

びながらわたしを抱きしめます

あなたとわたしを他人が覗いて

います

あなたとわたしの口が同じもの

を食べて同じように消化するの

をあいします

死ぬとき病院であなたのからだ

に刺しこまれた点滴がわたしの

腕につながっていますように

 

あなたとわたしはこわい

どうかわたしからあなたの

子どもが生まれませんよう

あなたとわたしはこわくなど

ありません

たがいに思い出はなく

あなたがやさしくなるとき

わたしはそこにいないのです

こわくなどありません

咀嚼は音を立ててあなたと

わたしを結びつけます

 

どんな夫婦も昆虫でしかないとき

あなたとわたしを他人が

覗いています

あなたの父と母に会いにいく

電車のなかであなたと

わたしは結ばれました

挿入は音を立ててあなたと

わたしを引き離します

 

あなたにこどもができるのが

わたしはこわいのです

あなたとわたしは駅のほうぼうで

顔を合わせ

一度も会ったことがありません

それがこわい

 

(いいのか

 こんなにも他人の部屋が

 奥深くまで覗きこめる

 カーテンがゆらめいて

 秘密がもうない

 秘密があったことはない)

「凝視は消えてしまった」安川奈緒

かれらの暮らしわたしたちの暮らし いんらんの終わり うその病気 他人のしぐさを盗み見ないために 注意深くなるかれらをわたしたちは盗み見る そしてこれからは 陳腐と紋切り型のあいだで かれらの暮らしわたしたちの暮らし 食事

 

病院でのかれらをわたしたちは盗み撮りするようだが なにかしている振りをしているかれらがりんごをねだるのを わたしたちは強く拒む それは一瞬の印象に過ぎないから 排泄かれらの暮らしわたしたちの暮らし いんらんの終わり 窓からは誰ももとめていない祭りが 他人の青い顔が見える 女が食べ物を持ってやってはこないとき かれら はわたしたちに期待するのか?

 

かれらの暮らしわたしたちの暮らし いんらんの終わり とともに 乳房が大きくひらかれる 女どうしで 満ち足りるとき 男と廊下が関係する かれらはそれを笑うがわたしたちはそれを笑うことができない 静脈をみつめる 静脈をみつめる かつて保健室があった かれらは その部屋に入り浸り ストーブと 女をみつめた そこに入ることの できないかれら わたしたち どうしてまだ 狂っていないのか このいま このときに 狂っていない 完全に病んでいる かれらの暮らしわたしたちの暮らし 誰も わたしたちを助けに来はしないことを 知っているから 抱き合おうか それはだめだ いちばんだめだ 家族がだめだ 夜がだめだ かれらの暮らしわたしたちの暮らし やはり

 

いんらんの終わり

「リーチュアルラブの機械」安川奈緒

部分的に機械でできているので 空港で撃たれてしまった ほんとうに撃たれてしまった 「男は三人しか存在しなかった」と叫んだ

 

部分的に機械でできているのに どうして髪を洗ってしまったのか あれほど止められていたのに 「女は下の名前で呼ばれる千佳子 千佳子 千佳子」すべてはあらわになっているので だれかがだれかに似ていたり だれかがだれかと違っていたりすることはもうない

 

「壁にとけこんでいるだろうか」

 

自動的な恋にふさわしい機械の部分 はっきりとした視線や服の脱ぎかたは 思い出のなさをあらわしている ピクニックの思い出がないことのうれしさ 学校の思い出がないことのうれしさ うれしい どうしてしまおうか こんなにもうれしくて でも 電報はほしい 電報だけがほしい 防水ではないのに泣いてしまう

 

「食事をいつまでもことわること」

 

都会をうろうろする機械 怒りのこもったしぐさをするだけで 接続部をつぶしてしまう わたしは少しだけわたしの神だ もう 自分の部屋をもたないし 秘密をもつこともない 窓に頬をおしつけて 暴力のなごりをしずめる それでも音楽は どこからかやってきて こころあるものを こころないものにする

 

「撃たれたのに終わりのないことの悲しみ」

 

はっははと声をたてて 水泳で消えてゆく機械 このまま マダガスカルに行こうというのはどうだろう 魚と見分けがつかなくなるだろう 夏子にはいつも嫉妬させられた 都会でふるえるほどうれしいときにも 夏子はわたしを苦しめて 男はだいたい三人ぐらいいた 男は三人でつるんでいた 男は百人ぐらいいた

 

ところであなた 十分後になんの変化も起こさないという倫理のあなた 落ち着けばいい あなたが暴力にふさわしかったことは一度もなかった 塔にのぼりつめて いつだって暴力の余地がないほどに疲れはてていたから あなたになにを言おうか 機械なら 機械のやりかたで 口にだせばいい 弾をよけて 弾切れのはじまり

 

「あなたが光源なのはにくらしい

    それでもこれは儀礼的な恋だから」

「深い森のような告白」安川奈緒

わたしの考えることはつつぬけだろう

わかりやすい顔

なんでも食べる

なにも話す必要はないだろう

 

めずらしく彼が饒舌になった

その露出への傾きとはうらはらに

千の葉が彼を覆い

守りぬくように思えた

つつぬけであるはずのわたしも

氷まで食べている

彼は自分に話すように水を飲んだ

 

氷も塩素で濁っているのだから

わたしがつつぬけだというのも間違いだろう

肩に付いた一枚の葉をはらって

外へ歩き出した

 

彼がわたしのことを友だちだと

思っていてくれればいいが

深くなってしまった森をかきわけ

彼にそう伝えようか

 

告白の枝が伸びわたり

互いの首を絞めあい

ちからなく

森のなかまたちに

互いに見分けのつかない小動物に

なってしまえるだろうか

 

かなこちゃんには

あなたがたよりも

自分のことを多く告白した

それはわたしが他人と自分のけじめを

うしなっているからだとしても

 

このように家庭教師先の親を

どなりちらして帰った

「夏が呼ばれた(誰かのくちびるを借りて)」安川奈緒

七月二十三日

わたしはひとつの単語のあたりで硬直している、その単語を見るとわたしはやろうとしていたことを忘れる、いま食べているものに顔をうずめてしまいたくなる、その単語はわたしに人との接触を禁じてしまった、外はどうなっているのか、わたしの知らないあいだにあたらしい救急車が出発してはいないか、その救急車はより山奥へ向かっていくのがあやしくて人々の視線を釘付けにしてはいないか、その単語はわたしを万年床へ押し返す、口にすることはとうていできない、ところで外はどうなっているのか、驚くような数の花がやさしい青年をくるしめてはいないか

 

八月十二日

わたしの目をいい男が通り過ぎました

郵便屋のようです

もっとよく顔を見てやろうと思って

わたしはおもわず部屋をとびだし

女のように走りましたが

男も男のように猛烈に走ります

「おまえとはいっしょに走らない」

「そんなこといわずにさ」

二人とも汗だくになりました

 

八月三十一日

あなたはわたしが言おうとしていたことを

わたしよりも先に

わたしより美しい方法で言った……

 

今日の気温は三十一℃、曇り、湿度五十%