「夏が呼ばれた(誰かのくちびるを借りて)」安川奈緒
七月二十三日
わたしはひとつの単語のあたりで硬直している、その単語を見るとわたしはやろうとしていたことを忘れる、いま食べているものに顔をうずめてしまいたくなる、その単語はわたしに人との接触を禁じてしまった、外はどうなっているのか、わたしの知らないあいだにあたらしい救急車が出発してはいないか、その救急車はより山奥へ向かっていくのがあやしくて人々の視線を釘付けにしてはいないか、その単語はわたしを万年床へ押し返す、口にすることはとうていできない、ところで外はどうなっているのか、驚くような数の花がやさしい青年をくるしめてはいないか
八月十二日
わたしの目をいい男が通り過ぎました
郵便屋のようです
もっとよく顔を見てやろうと思って
わたしはおもわず部屋をとびだし
女のように走りましたが
男も男のように猛烈に走ります
「おまえとはいっしょに走らない」
「そんなこといわずにさ」
二人とも汗だくになりました
八月三十一日
あなたはわたしが言おうとしていたことを
わたしよりも先に
わたしより美しい方法で言った……
今日の気温は三十一℃、曇り、湿度五十%