melophobian

安川奈緒の現代詩手帖掲載詩などを写経のように書き写す。

「ばっちい夫婦 さらしもの」安川奈緒

ほんとうにこわかったことなど

ほんとうにこわかったことなど

ないのだからあなたとわたしは

手をとり複雑な暮らし

あなたの思い出は電車のことに

限られているのだからわたしは

都会のことをよく知っています

 

あなたのかつての同級生と腕を

からめたこともあるわたしは

食事の準備をします

あなたのからだは他人の声をあ

びながらわたしを抱きしめます

あなたとわたしを他人が覗いて

います

あなたとわたしの口が同じもの

を食べて同じように消化するの

をあいします

死ぬとき病院であなたのからだ

に刺しこまれた点滴がわたしの

腕につながっていますように

 

あなたとわたしはこわい

どうかわたしからあなたの

子どもが生まれませんよう

あなたとわたしはこわくなど

ありません

たがいに思い出はなく

あなたがやさしくなるとき

わたしはそこにいないのです

こわくなどありません

咀嚼は音を立ててあなたと

わたしを結びつけます

 

どんな夫婦も昆虫でしかないとき

あなたとわたしを他人が

覗いています

あなたの父と母に会いにいく

電車のなかであなたと

わたしは結ばれました

挿入は音を立ててあなたと

わたしを引き離します

 

あなたにこどもができるのが

わたしはこわいのです

あなたとわたしは駅のほうぼうで

顔を合わせ

一度も会ったことがありません

それがこわい

 

(いいのか

 こんなにも他人の部屋が

 奥深くまで覗きこめる

 カーテンがゆらめいて

 秘密がもうない

 秘密があったことはない)